• 悲しんでいる子どもを ほっとけない。

    10万人の教育支援を行った現代版あしながおじさん

     ウガンダと東北の子どもたちにブロードウェイへ行かないかと提案した日本人タマイとは、あしなが育英会(以下「あしなが」)の創設者である玉井義臣のこと。玉井は、これまでに「あしなが」を通じて、50年で1000億円を集め、親を失くした10万人の子どもたちの教育支援を行ってきた。その着想のもとになったのが、ご存じ「あしながおじさん」である。

     アメリカで誕生した小説「あしながおじさん」。孤児院育ちの少女ジュディがある資産家の目に止まり、その資産家に毎月手紙を書くことを条件に大学進学用の奨学金を受け、そこから彼女の人生は一変する。たとえ親のいない子供でも、教育を受けることで人生に初めて喜びを見つけ、未来に希望を抱くというシンデレラ物語だ。

     著者は若き女流作家ジーン・ウェブスター。まだ女性が大学で学ぶことすらできないその時代、真っ先に女性に門戸を開いたアメリカの名門ヴァッサー大学出身*で、その学生生活が小説のモデルにもなった。彼女自身も父親を自殺で失くし、親のいない子供たちのための慈善活動をやっていたという記録も残されている。

    *ヴァッサー大学~古くはアメリカの大学を卒業した初の日本人女性・大山巌夫人の大山捨松、ケネディ大統領夫人ジャクリーン・オナシス、女優メリル・ストリープらが卒業生

  • 子どもたちを貧困から救えるのは教育しかない

     世界銀行は「サブサハラ」と呼ばれるサハラ砂漠以南の49カ国を世界最貧地域と規定している。また、アフリカにはエイズが現在も蔓延している。80歳を超える玉井は「人生最後の仕事」の舞台を貧困と難病にあえぐアフリカに定めた。「あしなが」の活動拠点を2001年より東アフリカ・ウガンダの首都カンパラ郊外に構え、『レインボーハウス』と呼ぶ私設学校の運営を始めたのだ。ここにはエイズで親を失くし、公立学校にも通えない極貧生活を強いられている子供たちが通っている。

     玉井はさらに支援の手を広げようと、世界中から教育支援を募ることを思いつく。彼の信条は「教育こそが貧困を救う最大の武器」。やる気あふれるアフリカの若者が先進国の大学で学び、いつの日か母国に戻って国づくりに参加すれば、必ずや貧困撲滅につながると信じている。

     一見、突拍子もない素人の子どもたちのブロードウェイ・コンサートは、教育支援のために手を挙げてくれる潜在的な「あしながおじさん」にアピールするための手段だった。子どもたちが自らの言葉で、怒り、悲しみ、祈り、そして夢を語ること。言葉にできない思いを歌声や楽器、踊りに託してぶつけること。そういう自分にしかできないナマの表現だからこそ、観る人の心を打つ。ひいては、世界中のメディアが注目してくれるだろう。玉井は、そう考えたのだ。

     そんな破天荒なプランに英国演劇界の巨匠が共感するや、実現へ向けて話は一気に加速してゆく。アフリカや東北の子供たちが、歌やダンス、太鼓演奏の猛練習を重ね、ついには思いもしなかった念願の舞台に立つ。彼らの成長とその後の逞しい変化のプロセスを追いかけた4年間のストーリーが、この映画の主軸である。

  • F・P・ローズホールに 奇跡の歌声が響きわたる。

    「レ・ミゼラブル」演出家をはじめ、超一流が集結

     ウガンダ『レインボーハウス』の子どもたち、そして東日本大震災で家族を失った子どもたち。いずれも舞台に立てるほどの音楽的素養はない。彼らをブロードウェイへ導くために指名されたのは、英国の舞台演出家ジョン・ケアード。ミュージカル「レ・ミゼラブル」などで舞台のアカデミー賞とも言われるトニー賞を2度受賞している名匠だ。彼はかつてミュージカル「あしながおじさん」の演出が縁で、玉井と懇意になっていた。

     歌唱指導を担当するのは、ヴァッサー大学コーラス・ディレクターのクリスティーン・ハウエル。彼女はさながら映画「サウンド・オブ・ミュージック」のジュリー・アンドリュースのような愛情あふれる教師である。彼女と子どもたちとの絆の深まりが、物語にさらなる味わいを添える。さらには、小説「あしながおじさん」の著者であるジーン・ウェブスターの出身校、アメリカ・ヴァッサー大学コーラス部のお嬢様たちも子どもたちと一緒に舞台に立つ。

     超一流スタッフとの猛レッスンを経て、いよいよブロードウェイのフレデリック・P・ローズホールの幕が上がる。その歌声はまさに奇跡と呼べるものだった。

  • 主題曲「シンプル・ギフト」に込められたメッセージ

     テーマ曲である「シンプル・ギフト」は、アメリカのアパラチアに多く住むキリスト教ピューリタンの中でもとりわけ禁欲的な生き方で知られるシェーカー派の聖歌だ。

     では、「シンプル・ギフト」とはどんな意味か。

    「家族との日常が何よりも大切だったと気がついた」東日本大震災のあと、被災者の多くはそう語っていた。ウガンダの子どもたちの保護者も一様に同じことを言う。家族誰もが健康であること。水があること。毎日の食事にありつけること。平和であること。そういうことに気がつき、感謝の思いをもてること、それが天からの贈りものなのだと。

     「シンプル・ギフト」には、もうひとつ重要なメッセージがある。

     自分は何のために生まれてきたのか。この世での本当の役割は何なのか。誰もがそのことを知りたいと願い、求め続けて生きている。「自分のいるべき場所を見つけることが人生の真なる喜びなのだ」と、この聖歌は伝えている。

     悲しみを抱えているのは自分だけではない。主役の子どもたちは、他者を思うことで、大切なことに気づいた。アメリカ・ヴァッサー大学の学生たちも同様だ。それぞれの「シンプル・ギフト」に確信を得たかのように、登場人物たちは人生の次なるステージに踏み出していく。

  • 女優・紺野美沙子が日本語版ナレーターを担当

     小説の主人公ジュディは、そもそも家族というものを知らない「孤児」だった。重く、苦しい孤児院時代を経て、偶然の「あしながおじさん」との出会いから、教育を受けることで人生の喜びと希望を獲得してゆく。その孤児の先輩、ジュディの視点で物語は進行していく。

     日本語版ナレーターは女優・紺野美沙子。彼女は25年来の「あしなが運動」支援者。天に召された母親が愛する我が子を見守るように、優しく子供たちを励ましてくれた。

     英語版「Daddy Long Legs(あしながおじさん)」ナレーターはウガンダの若き女優エスタ・ナカムヤ。彼女自身も親を失くし、極貧の幼少期を過ごしている。子供ながら必死に稼いで家族を養わねばならなかった、いわばレインボーハウスの子供たちの先輩だ。自らの過去と重ね合わせながら、包み込むような愛情を込めて語ってくれた。

     フランス語版「Papa-Longues-Jambes」も制作された。日仏両国を拠点に活躍するエッセイストのドラ・トーザンが思い入れを込めたナレーターを務めた。このフランス語版は欧州アフリカ映画祭オープニング上映作品に選出され、フランス、アフリカ各国映画人に好評を博した。

    教育こそすべて。

  • 教育こそすべて。

    多くの思いが集まって完成

     長年テレビの世界に生きてきたので、物事の事象、撮影対象者に対してクールに眺めるクセはついているものの、(恥ずかしながら)制作者のくせにこの映像を見るたびに涙がじわんとこぼれ落ちる。

     実は撮影中、心が揺さぶられるシーンがいくつもあった。クライマックスを迎えた公演は、ステージと観客がまさに一体となる、慈愛に満ちたコクーン(繭)の中にいるようだった。

     そんな止めどなく涙が溢れてくるような、この感情の正体は一体なんだろう。

     これは単なる退屈な記録映画ではない。絶望の淵に立つ子供たちが、教育から希望を見つけ出し、たくさんの愛を自覚して、そして夢を獲得していく物語。まさに小説「あしながおじさん」の筋立てそのものだ。大切な人を喪くした彼らだからこそ、受け取ることができた「シンプルギフト」。それが観る者の心を揺さぶる正体なのかもしれないと思った。

     「あしながおじさん」の種を受け取り、自らも交通事故で母親を喪くした男が日本を舞台に執念で展開してきた社会運動。最後にたどり着いたところが、日本人からほど遠いアフリカの遺児の教育支援だったとは。半世紀にわたり、「教育こそすべて」とがむしゃらに突っ走ってきたひとりの日本人の無私の活動成果とその行動力に、大抵の人は圧倒される。愚直もそこまでいくと応援したくなる人間が次々に現れる。ジョン・ケアードもその一人だった。

     映像が簡単に量産され消費されていく時代に、あえてドキュメンタリーという形でまとめたのは、映像のもつ力を信じるからだ。ソーシャルなパワーがさらにそれを拡散させることだろう。

     今回、日本語版だけでなく英語版、フランス語版(リクエストがあれば何語でも!)を制作したのは、テレビ、インターネット、ソーシャルメディアを通じて、世界中のひとりでも多くの人にリーチして、応援者を増やせないかと考えたからだ。まずはこの作品が、アフリカの未来を創ろうとする若者たちに関心をもつきっかけになれば、そしてその先に支援の気持ちが芽生えてくれたらと思う。

     そもそも今回の突拍子も無いプロジェクトは、“タマちゃん”こと玉井義臣の“大ボラ”を心底面白がる人々が世界中から続々と集まり実現している。そのこともまた作品に大きな力を添えてくれたと信じている。

    文・篠田伸二(監督)

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